【三田村昌鳳コラム】「世界へ」か「島国の」かその選択を迫られている
2013年11月 8日 11:17

大勢のギャラリーがつめかけたHSBC選手権、中国には勢いがある(撮影:福田文平)
「PGAツアー チャイナ」ができた。2014年から中国で年間12試合が開催される。もちろん米国のPGAツアー機構が中国ゴルフ協会、 チャイナ・オリンピック・スポーツ・インダストリーと協力して運営する。
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これまでも「PGAツアー カナダ」や「PGAツアー ラテンアメリカ」と、他国の組織と組んで運営してきた。そのツアーの上位者が、米国のウェブドットコムツアーの出場権を得られる。
PGAツアー機構は、次々にアライアンス(同盟。提携。国際的な企業連合)を組みはじめている。いわば、その国から米国、世界へという階段がしっかりとできていくことだ。
そうかと思えば、PGAツアーとPGAアメリカが、2014年のプレーヤーズ選手権と全米プロゴルフ選手権の賞金総額をそれぞれ10億円にすると発表した。
ふたつのニュースは、いまの日本のゴルフ業界にとって衝撃的だと思う。日本ツアーはジリ貧。ゴルフギアもゴルフ場も瀕死の状態。特に、日本男子ツアーは、来季も試合数が減るのではないかと懸念されている。
かつて日本男子ツアーは「偉大なるローカルツアー」と呼ばれていた。日本独自でトーナメントが成長してきたからだ。その背景には、日本経済の成長もある。
でも、ゴルフだけにスポットを当てれば、ジャンボ尾崎、青木功、その後の中嶋常幸のAONがいた。1970年代にトーナメントは、まるで直角に上昇するように膨れ上がった。その主役は、AONであり、ギャラリーだった。
コースでジャンボ尾崎のショットを見る。例えば、ロングアイアンのショットを見たギャラリーは、その飛距離だけでなく、足の裏に感じるドスン!と響く感触だった。その凄さが口伝えで広がってギャラリーが増えたという伝説まで生まれた。
また、1973年マスターズで8位となり、その後海外へ、という意欲がなかったわけではない。しかし、日本のトーナメント主催者や協会は、あの手この手で海外流出を阻むということもあったし、試合に欠場するとバッシングを浴びせた。従って、当時のAOの出場数は、38試合前後が当たり前だった。
それが「偉大なるローカルツアー」と呼ばれる根源にあった。そのピークが、その後バブル時代まで続き、日本経済の破綻で、一気に下降線に向かうことになる。
そして、いま世界と日本の距離感は「偉大なる」という形容詞が消えて「島国のローカルツアー」となってしまった。世界へ挑戦したければ、どうぞ独自で、ご勝手におやりくださいという仕組みで、アライアンスという方法を取らない。
いま例外は、石川遼と松山英樹の2選手。彼らは、ローカルツアーではなく世界を選択した。
このアライアンスを組まない限り、日本選手がPGAツアーに挑戦する場合は、まず過酷なQスクール(予選会)をくぐり抜けなければならない。いわば一発勝負。そののち、下部ツアーのウェブドットコムツアーで戦い、這い上がってPGAツアーへ、という道のりになる。
「PGAツアー チャイナ」などアライアンスを組めば、年間を通して、しかも自国でPGAツアーへの門戸が開ける。
いま日本男子ツアーが問われているのは「島国のローカルツアー」でとどまるか「世界を目指すローカルツアー」にしていくか、だと思う。
そのためには、トーナメントとして魅せる選手が必要だ。観るゴルフという観点で、日本のトーナメントを成熟させる必要がある。それは、会場の規模の大きさや派手さでは決してない。
観るに足る選手の育成。観るに足るゴルフ観戦の面白さや知識の啓蒙。観やすさ。コースセッティングも難しいという大雑把な表現ではなく、もっと具体的に理解してもらうことだ。これらすべてがギャラリーへの「お・も・て・な・し」だと思う。
いまのままでは、年間10試合でも十分だ。それほど魅力がなくなっている、という危機感が、選手にも、誰にもない。
「PGAツアー ジャパン」……いいじゃない!
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