脅威の勝率ドライバー開発秘話
開発者、櫻木博公が明かすネクスジェンへの思い。

HIROTAKA SAKURAGI
櫻木博公(さくらぎ ひろたか)/1944年生まれ、兵庫県出身。大手商社に勤めていた20年ほど前、輸入部門の責任者として海外から廉価なゴルフクラブを輸入・販売したことをきっかけにゴルフ業界へ。
その後、日本を代表するクラブデザイナー竹林隆光氏と出会い、革新的なゴルフクラブを数多く輩出。
2005年4月にゴルフパートナー商品開発部の顧問に就任。ネクスジェンシリーズの開発者として活躍中。
「ゴルファーに迷惑をかけるようなゴルフクラブを作ってはいけない。それが私のクラブ開発の基本です」
2009年シーズン、ドラコンの公式競技で驚異的な勝率を誇り、現在進行形で大きな話題を呼んでいるゴルフパートナー社のPB(プライベートブランド)「ネクスジェン」。
その開発者である櫻木博公さんがゴルフ業界に携わるようになったのは、いまから約20年ほど前、大手商社で輸入部門の責任者を任されていた頃だという。
「当時、廉価なゴルフクラブを台湾から輸入して販売したのが始まり。最初は趣味の延長のようなものでした」
ゴルフクラブがいまよりもずっと高価な時代。櫻木さんが輸入したゴルフクラブはその値頃感から好調な売れ行きを見せた。しかし、廉価品ゆえに商品的な落ち度が徐々に露呈。300年を超える社歴を有する会社の「企業イメージ」に大きな傷をつけてしまう。
「会社に迷惑をかけ、それを取り戻そうとしていたときに、知人が竹林さんを引き合わせてくれたんです」
その後、櫻木さんは竹林さんと共に時代の先端をいく革新的なクラブづくりに取りかかる。
いまでは当たり前となっている48インチの長尺ドライバーを2001年当時にいち早く開発。画期的なドライバーとして爆発的に売れた「SWAT」という名前を覚えているゴルファーも少なくないはずだ。
そうしてクラブづくりの醍醐味を体感した櫻木さんは、竹林さんと袂をわかち、いちだんと開発者の道へと傾倒。カップフェース構造をはじめ、現在主流になっている数々の最新テクノロジーにも早くから着目し、
そのパイオニアとして業界で知られる存在となっていく。
そして2005年、かねてからPB商品を手がけていたゴルフパートナーから櫻木さんに白羽の矢が立った。
「PB商品を根底から見直したいという非常にやり甲斐のあるお話をいただき、お世話になることにしたんです」
その前年に胃ガンを患っていたという櫻木さん。体調面での不安こそあったが、ゴルフパートナー側の熱意あるオファーに応える形で2005年4月に開発部の顧問に就任。
新たなPB商品を手がけるにあたって、まず行ったのはモノづくりに対する意識改革だった。
プライベートブランドが果たすべき本当の役割とは?
「既存のPB商品は可もなく不可もなく“それなり”のレベルでした。
ただ、正直これでは危ないと感じましたね(笑)。全国展開する大手チェーンがPB商品を扱う以上、もっと真摯に商品開発に向き合うべきだと。
展開する規模が大きいだけに、後からまわってくるツケも必ず大きくなりますから」。
一般的に大手量販店がPB商品を開発・販売するのは、大きな利益率が旨味になるからというのが定説。
しかし、それではPB商品が本当に果たすべき役割を担っていないと櫻木さんは言う。
「私がクラブの開発を通じて学んだのは、ゴルフクラブはゴルファーのスイングに与える影響がものすごく大きいということ。良いクラブを使えば自然と良い結果がついてくるし、逆も同じです。にも関わらず、いまだに有名メーカーのドライバーですら性能的にひどいものがたくさん存在する。
ゴルファーがブランドを信頼して購入しても、それが悪いクラブならお金と時間のムダ遣いにしかなりません。本当はそんなクラブを作ってはいけない。
ゴルファーに迷惑をかけるようなクラブを売ってはいけないんです。
でも、作る側にも使う側にも結局は使う人の腕前しだいという考えがあって、それがゴルフ業界全体の甘えにもなっているような気がします」。