HOME > エンタメコンテンツ> Artist of golf > ゴルフに生きる飛距離の芸術者 安楽 拓也
Artist of golf ゴルフに生きる飛距離の芸術者 安楽 拓也

名人や匠と呼ばれる人たちは、どうしてその高見まで達することができたのだろうか。
ゴルフに携わる様々な達人たちの軌跡や現在を紐解いていく---第1回目の今回は、ドラコンチャンプ<安楽 拓也>に焦点を当てる。

ゴルフとの出会い——

 小学校4、5年生、安楽はゴルフと出会う。当時人気のあった少年漫画『あした天気になあれ』に大きな影響を受けた。「父親のPWを持ち出して近所のグラウンドでボールを打ち始めたのがゴルフとの馴れ初めです。その頃の僕は剣道少年でしたね。中学では野球、高校はバレー部。そして大学ではウインドサーフィンのサークルに所属し、ゴルフとは無縁な生活と思われそうですが、プライベートではゴルフを続けていたんです」部活やサークルでは、違うスポーツをこなしつつも、ゴルフを続けていた安楽。とりわけウインドサーフィンで培った筋力やバランス感覚はゴルフにも役立っているという。

 当時のドライバーショットは既に300Y超。あらゆるスポーツの感覚が生かされ、既にチャンピオンの片鱗を感じさせられる。

初ドラコンはテストだった。

 安楽が常にドラコン競技に出場するようになって6年が経過するが、レギュラーとして参加する前にも1度だけ参戦したことがある。

 「実は、初めてドラコンの試合に出場したのは2001年の第3回ゴルフダイジェストドライビング日本一コンテストなんです。」その大会には、あるテストとして出場したという。それは、安楽自身の飛距離への挑戦でもあるが、当時安楽が携わっていた地クラブのテストを兼ねていたそうだ。

 「僕が携わっていた地クラブの“アローズ”というドライバーがありまして、それがどれ程飛ぶのかというのも試してみたかったんです。当時の大会には小達敏昭プロやディネッシ・チャンドプロをはじめとするそうそうたる顔ぶれ。そんな中で333Yをマークし、安楽はまさかの5位に入る。このドラコンとの衝撃的ともいえる出会いが安楽の人生を大きく変えたと言っても過言ではない。

思い出のクラブは43インチの短尺業物

 その後しばらく時を置いて、安楽は2005年のドラコン日本選手権に出場することになる。この時使用したドライバーがブリヂストン・ツアーステージのRX315。「ドラコンといえば47、48インチの長尺・高反発ドライバーが当たり前なんですが、僕は振りやすさを考えてそのクラブを43.5インチに設定したんですよ。」中部地区大会では強烈なアゲインストが吹きぬけていた。その渦中、安楽のセッティングは功を奏した。「他の選手の打球が吹け上がってしまう中、僕は地を這うような弾丸ライナーで326Yをマークして優勝しました。」安楽拓也のドラコン初優勝をこのときに挙げたものだ。

 その後の全国大会でのこと。試合前のクラブ検査でRX315を提出すると、係員は「これで出るんですか?」と怪訝な表情。しかも長さを測ると43インチであることが分かる。あるメーカーのスタッフは、「安楽さん、このクラブでは絶対勝てない。うちの長いクラブ使ってよ」と言ってくれたりもした。しかし、安楽は、慣れ親しんだRX315で試合に出場。結局ファイナルまで残り、368Yをマーク。6位に入賞する。「それをきっかけにドラコンにはまるようになりました。でも今思うと、F1レースに軽自動車で挑戦したようなものですよね。」

  • page:
  • 1
  • 2
  • 3