伝説のゴルフレッスンvol.11 デビッド・レッドベター

ゴルフコーチの宿命。


David Leadbetter
1952年英国生まれ。ヨーロッパツアーでプレーヤーとして活躍後、ティーチングプロに転進。かつての教え子にはニック・ファルド、ニック・プライス、アーニー・エルスら数多くのビッグネームが名を連ねる。現在はミッシェル・ウィー、チャールズ・ハウエル、アーロン・バデリーら、若手の注目選手を指導している。

ティーチングプロは悲しい商売だ。

なぜなら、選手との別れがつきものだからだ。手塩にかけて育てた選手が成熟すればするほど、違った局面からゴルフを見たくなり、ともすれば長年連れ添ったコーチのレッスンが単調なものに思えてくる。結果が出ない日々が続けばなおさら、その思いはつのってゆき、やがて新鮮なメソッドを求めて別のコーチの門を叩くことになる、というわけだ。残酷だが、それがゴルフコーチの宿命なのかもしれない。

たとえばデビッド・レッドベターは世界一成功しているコーチだが、そのぶん、最も多くの別れを経験しているコーチでもあるだろう。ミッシェル・ウィー、チャールズハウエルⅢ世など、いまをときめくきら星のような選手を指導しているため、つねに脚光を浴びる立場にはいるものの、その影ではひっそりと、大勢の選手が彼のもとを離れていく。

馴れっことはいえ、レッドベターにとってニック・ファルドとの別れは辛く、そして納得できないものだったに違いない。かつてはがっちりとタッグを組んで数々のメジャータイトルを勝ち取った二人だが、いまではお互い目も合わせないほど関係は冷え切っている。いったい二人に何が起こったのだろうか。

*   *   *

レッドベターが本格的にファルドのティーチングを開始したのは1985年ごろだ。その頃のファルドはすでにヨーロッパを主戦場に活躍する一流選手だった。しかし悲願のメジャー、特に欲しかった全英オープンのタイトルをとるためにはスウィングの改造が必要だと考えたファルドは、当時コーチとして売り出し中だったレッドベターに白羽の矢を立てたのだ。とはいえ、慎重なファルドのこと、それまでに何年にも渡る、度重なるディスカッションを経た上でのことだ。報酬は年間2万ドルで、アメリカとヨーロッパを行き来する移動の交通費はすべて込み、という約束だったという。
「ファルドのスウィングで以前から気になっていたのは、少しアップライトすぎるところです。上から打ち込んでターフを深く取る打ち方は、全英オープンの開催コースには向いていないと思いましたね」

リンクスを攻略するために、スウィングプレーンをフラットにする必要性を感じたレッドベターはまず、バックスウィングの修正から着手した。フラットなハーフウェーバックのポジションを作り、そこからバックスウィングを開始して打つドリルはファルドのお気に入りであり、その後の輝けるキャリアに大いに貢献した伝説のレッスンだ。
成果はなかなか出なかったが、ファルドはトーナメントに出場しながら辛抱強くスウィング改造に取り組み、やがてプレーンがフラットになると次の段階、ボディターン主導によるスウィング作り、に入った。

つま先上がりで練習すればスライスが直る
つま先上がりのライから打つと、インサイドからクラブが下りてきて、フォローではフェースローテーションしながら再びインサイドに抜けていく。そのためにカット軌道が矯正され、スライスが直るのだ。

そして遂にその日を迎えることになる。本格的にティーチングを始めてから2年後、春先に行われたトーナメントの練習ラウンドでのことだ。フェアウエイからアイアンできっちりグリーンをとらえると、ファルドは傍で見守るレッドベターを見てこう言った。
「だいぶ良くなったと思うんだが、どうかな?」
「うん、いいね。すべてがうまくいってるよ。ベストの状態は近いね」
「やっぱりそうか。弾道が違うし、ターフ跡もほら、浅く長くとれている」

ファルドは足元を指差しながら、珍しく白い歯を見せた。全英オープンのタイトルを手にしたのはそれから3ヵ月後のことだった。

それからというものファルドの快進撃は続き、それと同時にレッドベターもコーチとしての地位を不動のものにしていった。

二人の蜜月が終焉を迎えたのは1998年で、それはある日突然やってきた。少なくともレッドベターにとっては。
「理由はわかりませんでした。考えられるのは、私の父が危篤になったため、その年の全米オープンの会場に行けなかったことぐらいでしょうか。でもそのことは理解してくれていると思っていたのです」

ファルドの態度がよそよそしくなっているのには気づいていたが、ついにレッドベターを無視するようになったのだ。そしてある日、ティーチング契約を解除する旨の手紙が届いたのである。差出人はファルドだったが、その言葉遣いは明らかに彼の代理人のものだったという。それからまもなく、フロリダのゴルフリゾートで「ニック・ファルドゴルフスクール」が華々しく開校することになり、レッドベターは何が起こったのか悟ったのだった。
「ビジネスをするのは構いません。でも彼は、事前にそのことを私に伝えてくれても良かったのではないかと思います」

レッドベターはインタビューで当時の気持ちを尋ねられると、悔しさをオブラートに包みながら、そう答えるのである。

*   *   *

ファルドとの不本意な別れがあったにせよ、レッドベターが世界一有名なコーチであるという事実に変わりはない。そして彼の名声は、世界一のプロを作り上げたという理由だけではなく、アマチュア向けのレッスンがわかりやすく、ユーモアに富んでいることから得られたものだ。

たとえばビギナー向けのビデオでは、「スライスを直す場合はつま先上がりの斜面から打てばいいのです。クラブがインサイドから下りてきてフックボールになるからです。逆にフックを直すのならつま先下がりの斜面から練習してください」といたって明快だ。