2021年3月まで日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)の理事を務め、いまは女子ゴルフ界発展のため尽力し、自身のゴルフ向上も目指す、女子プロゴルファーの原田香里。まだまだこれからと話すゴルフ人生、そして女子ゴルフ界についての未来を語る。
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ゴルフを愛するみなさん、こんにちは。原田香里です。昨日から、2021年度のJLPGA最終プロテストが行われています。今日はそのテストについてお話ししたいと思います。
日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)のプロテストは、現在、年に1回。コロナ禍で今年は変則開催になっています。2020年のものが延期になって6月に行われ、今、行われている2021年度のものとあわせて今年は2回になった、というわけです。
1次からなら、その年の4月1日時点で17歳になっていて出生時に女子であれば、どなたでも受けられます。ただ、実技テストになりますので「JGA/USGA HDCP INDEX5.0以下程度の実力を有する者を推奨する」となっています。
実績によって1次、2次ともに免除される人がいて、最終テストに臨むのは今年の場合、112人。72ホールプレーして20位タイまでが合格し、JLPGA会員になれるのです。
私がプロテストを受けたのは1989年。日大4年だった1988年に日本女子学生に優勝することができたため、1次、2次が免除されました。最終的に受験を決断したのは実はこの時です。
当時は、ゴルフ場の研修生を経験してからテストに挑む人が大半だったのですが、いきなり受験資格をいただいた私は、会場に入ってもほとんど知り合いがいません。日大ゴルフ部で同期の喜多麻子さんしか、話す相手もいない状況でした。喜多さんは、その後川岸良兼さんと結婚して次女の史果さんがプロになり、ツアーでキャディをすることも多いので、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。
そんな会場の雰囲気は、一言でいうとうす〜い氷なのか、ガラスなのかわからないようなものが、ピ〜ンと張っているような感じでした。ちょっとでも触ったらパーン!と弾けて割れてしまうんじゃないか、そんな空気だったんです。
実は日本女子学生に勝つ前に、就職も内定していたほど、当時の私には仕事としてゴルフのイメージがわかないでいたのです。山口県の実家は練習場でしたが、当時はプロゴルファーと会う機会もありません。唯一、覚えているのは広島で行われた試合で岡本綾子さんを見て、すごいなぁ、と思ったことくらいです。高校は、ゴルフをするために実家を離れ、平安女学院(京都府)に進学しました。プロになったばかりの小田美岐さんのご実家の練習場にお世話になりましたが、小田さんも連戦で忙しく、お会いする機会はあまりなかったのです。日大に進学してからは、何度か推薦でプロの試合に出場させていただきましたが、現在とは全くムードが違います。アマチュア選手はほんの一握り。プロは“雲の上の人”というイメージだったのです。
ただ、プロテスト受験を決めてからは「絶対、一発合格してトッププロになる」と決めていました。その頃は、年に2度、春と秋にテストがあったのですが「しっかり練習して秋に受験するほうがいいんじゃないか」という父に対して、すぐに行われる春の受験を自分で決断しました。
当時は、順位ではなく、スコアで合否が決まっていました。54ホールを通算12オーバー以内でプレーすれば、合格できるというものです。初日に予定より多く叩いてしまったのですが、あとは落ち着いて、無事、合格することができました。
その後、プロとしてプレーしてから理事になり、プロテストを担当するようになると、以前とは雰囲気がずいぶん違うことに驚きました。
私が受験した頃は、まだ携帯電話もありません。毎日、公衆電話の前に列ができて、自宅や所属コースなどにみんなが電話で結果を報告していたことをよく覚えています。
理事になってプロテスト会場に行くと、その光景は一変していました。携帯電話が普及したから、ではなく、連絡すべき相手の多くが、現場にいたからです。会場には、付き添って来られた親御さんやコーチが、たくさんいらしていました。その数は、年々、増えていくように感じました。
私の頃に比べれば、受験生はずいぶん若くなっています。最近では年齢制限が18歳から17歳に引き下げられたこともあり、運転免許が取れない年齢の未成年も多い。そういう意味では付き添ったり、運転してきたりする必要があるのでしょう。ご家庭によって事情は様々だと思います。
ただ、プロテストはある種の就職試験です。テストの期間だけでなく、その先の“仕事”についてもよく考え、行動することを意識して欲しいな、とは思います。
ゴルフは、一歩コースに入ると、何から何まで自分で考えてやっていかなくてはなりません。唯一の見方はキャディーだけ。それでも、最後に決断するのは自分だし、責任を持つのも、プレーヤー自身だということをしっかり自覚する必要があります。
プロゴルファーというのは見られる仕事です。見ていただけるからこそ、仕事になる、と言い換えてもいいでしょう。
プロになると、周りからちやほやされることが増えます。そこで見られているのは、実は技術だけではありません。人として、一社会人としてどうふるまっているか。それもプロゴルファーとしての大きな評価につながるのです。
最近の若い選手たちは、感謝を表現するのはとても上手です。ファンに感謝、スポンサーさんに感謝、両親に感謝。素晴らしいと思います。けれども、もうひとつ、感謝と同じくらい大事にして欲しいと私が思うのは謙虚な気持ちです。強くなればなるほど、注目されればされるほど謙虚な気持ちを持つ。人として、一社会人として、謙虚な気持ちでいること。それがまわりまわってゴルファーとしての成長、そして評価につながるのではないでしょうか。
今回も新たに誕生する約20人の新しいプロゴルファーの後輩たちにも、そんなことをわかってもらえたらいいなぁ、と思いながら、エールを送りたいと思います。
原田香里(はらだ・かおり)
1966年10月27日生まれ、山口県出身。11歳からゴルフを始めると、名門・日大ゴルフ部に進み腕を磨いた。89年のプロテストに合格しプロ転向。92年の「ミズノオープンレディスゴルフトーナメント」でツアー初優勝。93年には「日本女子プロゴルフ選手権大会」、「JLPGA明治乳業カップ年度最優秀女子プロ決定戦」勝利で公式戦2冠を達成。98年には賞金ランキングでも2位に入るなど通算7勝の活躍。一線を離れてからは日本女子プロゴルフ協会の運営に尽力。今年の3月まで理事を務めていた。
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