国内女子ツアーに金字塔が打ち立てられた。同一年でメジャー3勝。申ジエ(韓国)がまたしても圧倒的な強さを見せて今季最終戦を制した。賞金女王の座をアン・ソンジュ(韓国)に奪われたなかでの圧巻のゴルフ。上田桃子らを指導するツアープロコーチの辻村明志氏がその勝因と今季を振り返った。
■最終日のバックナインでこそ発揮される驚異の集中力
終わってみれば年間4勝。うち3勝は「ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ」、「日本女子プロゴルフ選手権コニカミノルタ杯」、今回の「LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ」と、年間メジャー3勝はツアー記録。不動裕理や宮里藍、イ・ボミ(韓国)らも達成したことのない領域にジエが踏み込んだ。
なぜそれが可能なのか。「ジエさんは最終日、特にバックナインの追い込みが違うんです。最終日の15番と16番はスコアを伸ばすどころか、落としやすいホールですが、そこで連続バーディ。難易度3番目の15番でもセカンドで距離が残るはずですが、バーディ。16番はユーティリティーでピンそばに直接落としてバーディ。しびれる場面で絶対にバーディが獲れるショットを選択して、それを実際に打つ。そこの違いですね」と辻村氏も舌を巻く。
ジエも優勝会見で、その集中力について言及している。「今年はそのゾーンに入る時間が長くなりました。集中力を切らさない時間が長くなったことも、今年の成績の要因です」(ジエ)。これについて辻村氏も「リーダーボードをちゃんと見ているのだと思います。足りなければグッと力を入れて上げてくる。そこで勝ちに来ることができます」と、精神力の強さを指摘。そしてそのメンタルは、世界クラスの技術力に支えられている。
■ヘッドをトンと落として縦のスピンをかける一級品の技
16番の場面を振り返ると、多くの選手は手前から攻めていくのがセオリー。硬くしまったコーライグリーンでは、女子ツアーでは当たり前の攻め方も、ジエはひと味もふた味も違う。上から“ドン”で“ピタ”。「ウェッジからユーティリティーまで、ジエさんはスピンのかけ方がおそらく一番うまいと思います」と辻村氏。具体的にどううまいのか。「今回はラフが特に深かったのですが、力任せに打つのではなく、ヘッドの重さを利用しているんです」。
実際に、ジエはラフからだろうが、フェアウェイからだろうが、力んで振っているのを見たことがない。加えて、常にシャープに振り切っている。よどみのないスイングかつ力みがない。その中で注目すべきは「インパクトでのヘッドの入れ方でしょう」と辻村氏はポイントを挙げる。「ヘッドをしっかりと上から入れて、球をふかすとでもいうのでしょうか。限りなくストレートに近い軌道でインパクトを迎え左サイドに振り抜いている。そのためスピンがかかる。結果、縦のハイスピンに対して少しだけ横のスピンも加える。それこそが、球を止める極意なんです」(辻村氏)。
「その結果、グリーン上のどこに落として何歩前に止めるか、精密な計算ができる。グリーンの硬さなども当然頭に入っていますし、ゴルフ脳も当たり前ですが高い。とにかくスピンを入れる打ち方については天下一品。あの飛距離(ドライビングディスタンスは約平均232ヤード)でパーオン率は1位。パー5での平均スコアも1位を取りました。ウェッジから長いクラブまで、極端にいえばドライバーまで、スピンをコントロールして球を自在に操れるのです」と、ツアー屈指、世界でも類を見ないスピンの魔術師だと賞賛する。
■コース入りした時点でジエの勝利を予感
練習ラウンドに驚きのシーンを見たという辻村氏。「ジエさんはグリーン回りのラフからユーティリティーでアプローチをしていたんです。フェースを開いてオープンスタンス。ヘッドをトンと上から落として、15ヤードくらいの距離をすべて1グリップに寄せていた。ほかの日本人選手も自分の練習を止めて見ていました。実戦で使ったかどうかはわかりませんが、すべてのショットがこの延長にあるのだと思いました」と驚きを持って見ていたという。
さらには、「コースに入ってきたときに、今週は獲りに来ているなというのがすごく感じられるときがわかるんです。それは特に、コースの難易度が高いとき。ハードになればなるほど、ジエさんの技と集中力が生きるんです。本人もそれをわかっているのでしょう」(辻村氏)。
究極のスピンコントロール。体が小さいジエがツアーで戦う、さらには世界一にまで上り詰めたのは、このたぐいまれなスピンがあったからといってもよさそうだ。さらにメンタルの強さ。「ゾーンに入る時間が長くなっているので、来年も大丈夫だと思う」とジエ。キャリアグランドスラムに向けてはあと「日本女子オープン」のタイトルのみ。来年は確実にここを取りに来るのだろう。
■メジャー全敗 日本人選手の今季と来季
ジエが4勝、ソンジュが5勝。黄アルム(韓国)が3勝。メジャーはすべて韓国勢が制した。鈴木愛が6月までに4勝を挙げ、成田美寿々が3勝。比嘉真美子も年間1勝ながら賞金ランキングでは初の1億円越えで4位と健闘を見せたが、やはり目立ったのは韓国勢だ。「来年こそは日本人選手にも頑張ってほしい。この2年間は鈴木愛さんが1人で戦っていた感じですが、そういう選手が4、5人は出てきてほしいですね」(辻村氏)。
鈴木の快進撃に比嘉の海外メジャーでの活躍など、夏場までは明るい話題も豊富だった日本勢だが、やはり韓国勢に押し切られたのが実情だ。来季はどうなのか。「2人ももちろんそうですが、インパクトが魅力で抜群のアイアンショットを持つ松田鈴英さんやスイングが素晴らしい岡山絵里さんなど、楽しみだと思います。このオフにどこまで仕上げて、あと何か1つを見つけることができれば、来年に期待できそうです」。
解説・辻村明志(つじむら・はるゆき)/1975年9月27日生まれ、福岡県出身。ツアープレーヤーとしてチャレンジツアー最高位2位などの成績を残し、2001年のアジアツアーQTでは3位に入り、翌年のアジアツアーにフル参戦した。転身後はツアー帯同コーチとして上田桃子、比嘉真美子、藤崎莉歩、小祝さくらなどを指導。様々な女子プロのスイングの特徴を分析し、コーチングに活かしている。プロゴルファーの辻村明須香は実妹。ツアー会場の愛称は“おにぃ”。
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