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選手とキャディがファンにもたらす「その一瞬」の重み【舩越園子コラム】

今年から大会名が改められた「チャールズ・シュワブチャレンジ」。勝利を飾ったケビン・ナ（米国）と相棒キャディの「関わり方」が、米ゴルフファンの間で大きな話題になっている。
太っ腹！　ケビン・ナはこの車をキャディにプレゼント【写真】
最終日、落ち着いたプレーぶりを披露し、2位に4打差を付けて堂々通算3勝目を飾ったナは「約束通り、あの車はケニーにあげる」と言った。
「あの車」とは、優勝副賞として1番ティの近くに飾られていたダッジ・チャレンジャー1973年モデルのレストア車のこと。最終日のスタート前、キャディのケニー・ハームズはナの緊張をほぐすために「勝てば、あの車？」とナに話しかけ、ナは「勝ったら、あの車はキミにあげる」と約束したそうだ。
その約束通り、高価な車を惜しげもなくキャディに贈ったナの姿に人々は感心し、「潔い」「キャディを大切にする姿勢が素晴らしい」等々、賞賛の声が上がった。
そして、最終日に限らず、いやいや今大会に限らず、ラウンド中にナとキャディがクラブ選択や攻め方に関して頻繁に言い争い、いや「議論」していた場面の目撃談や動画も次々にSNS上で飛び交い、「ここまで本気で言い合えるからこそ、彼らは強い」「ケビンとケニーは素敵な関係」等々、さらなる賞賛の声が続々と集まった。
そのやり取りの多くは、傍から見れば、少々コメディのようだ。たとえば、林に打ち込んだナがレイアップには大きすぎると思われるクラブを要求すると、キャディが「何をしようとしているんだ？」。ナが「グリーンを狙おうとしているに決まってるだろ？」。するとキャディが「それでグリーンを狙ってもオーバーするのが関の山だぞ」。
二人三脚を始めて、すでに11年の2人は、相手のためを思えばこそ、胸の中をストレートにさらけ出す。まるで家族のような2人の関係性が、見事な勝利につながったのだと私も思う。
それだけに、1つだけ残念な出来事があったことが悔やまれる。3日目のラウンド中、ナがバンカーからバンカーへと苦戦していた際、スイング中にギャラリーの携帯音が鳴り、ナはバンカーショットをトップさせ、そのホールでダブルボギーを叩いた。
キャディは携帯の持ち主の女性に近寄り、怒声を上げた。女性は顔面蒼白。見ていたナが「僕は女性がかわいそうになって、ケニーに『もう忘れよう、もう行こう』って言った」ほど、キャディの形相は恐ろしかった。
大きな栄誉と大事なポイントと高額賞金がかかるプロゴルフの一打は重い。そんな真剣勝負の場で携帯音を鳴らした女性に非があったことは間違いない。
だが、この場面に対しては、米国のゴルフファンは批判的。ナのキャディの怒り方が「度を越している」、トップした直後に怒りを露わにしたナに対しても「ちょっとした音に惑わされるのは集中力が低い証拠」「トップしたのは携帯音のせいではないかもしれない」といった声が上がっていた。
「うっかりミス」は、もちろん「しない」にこしたことはない。だが、ミスは誰にだって起こりうるし、そもそもゴルフは「ミスのゲーム」だ。もしも、この女性がゴルフ観戦に不慣れで観戦マナーを知らなかった「初心者」だったとしたら、恐怖を体験した彼女は、もう2度と試合会場に足を運ぶことはないだろう。ゴルフが大嫌いになってしまう可能性もある。彼女の周辺に居合わせ、一部始終を目撃した人の中にも、恐怖や嫌悪を感じ、ゴルフ離れを起こす人がいたかもしれない。
ゴルフの試合会場で選手とギャラリーを仕切るものは細いロープだけ。至近距離でプロの戦いを眺められるのは、他のスポーツにはないゴルフ最大の魅力だ。選手やキャディと直に接し、言葉を交わし合うことが、ほんの一瞬でもできたなら、それはファンにとって、かけがえのない思い出になる。
ナと相棒キャディの真剣なやり取りの瞬間を間近で見聞きした人々は「ちょっぴりコミカル」などと内心では苦笑しながらも、一打にかける2人の熱い想いを感じ取り、心を動かされただろうと思う。副賞の高額な車を迷うことなく相棒キャディに贈ったナの姿に、思わず顔をほころばせ、拍手を送ったことだろう。その瞬間に、その場に居合わせて良かったと思ったことだろう。
選手やキャディがギャラリーにもたらす「一瞬」には、大きな意味がある。ナと相棒キャディを眺めながら、そのことを、あらためて考えさせられた。
文・舩越園子（ゴルフジャーナリスト）
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