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深い悲しみを乗り越え、補欠から優勝をつかんだ今年一番の“アメリカン・ドリーム”【舩越園子コラム】

今季から新設された「ロケット・モーゲージ・クラシック」は、ミシガン州では2009年の「ビュイック・オープン」以来、デトロイトの街では史上初めて開かれた米ツアー大会となった。その記念すべき第1回大会は、まさに歴史にも人々の記憶にも残る素晴らしいストーリーが繰り広げられた。
大きな悲しみを乗り越え、今では喜びを分かち合う人達も【写真】
最終日、デトロイトGCに詰め寄せた大観衆は、「レッツ・ゴー、ラシュリー！」の掛け声を嬉しそうに何度も何度も唱和していた。
米ツアー初優勝に向かって単独首位を走る無名の36歳、ネイト・ラシュリー（米国）に拍手と声援を送っていた人々は、不屈の精神から生み出されたアメリカン・ドリームに酔いしれた。だからこそ自然に「USA！USA!」の掛け声が巻き起こっていたのだろう。
この大会開催前、ラシュリーを知るファンは、ほぼ皆無だったはずだ。ネブラスカ出身のラシュリーは両親の手ほどきで8歳からゴルフを始め、名門アリゾナ大学へ進んだ。大学1年だった04年、カレッジゴルフの大会に出場したラシュリーの応援に両親と恋人が故郷から駆けつけた。だが、彼らが乗った帰路の飛行機が、ワイオミング州の山林に墜落。3日間の捜索後、両親と恋人は変わり果てた姿で発見されたそうだ。
「ただただショックだった。僕はしばらく放心状態で抜け殻みたいになっていた。でも、ゴルフだけが救いだった。ボールに向き合って集中する瞬間だけは、事故のことを考えない時間を持つことができた」
翌年、プロ転向を宣言。だが、大学卒業後は不動産会社に就職した。「会社で家を売っていたころは、自分はプロゴルファーとしては、もう終わりだと思っていた。でも、心のどこかでは、米ツアーで戦える素質や能力は僕にはあると信じていた」。その後、再びゴルフクラブを握り、ミニツアーに挑んで優勝したこともあったが、「これを最後に辞めよう」と決意し、ゴルフから離れた時期もあった。
15年にPGAツアー・ラテン・アメリカの出場資格を獲得してからは頂点を目指して突進し始めた。16年、同ツアーのプレーヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞。17年に下部ツアーのコーン・フェリー・ツアーで1勝。そして昨年、ついに米ツアーにデビューしたが、ヒザを故障し成績は振るわず、シード落ち。下部ツアーのファイナルズで敗者復活して、なんとか生き残り、今季再び米ツアーに挑んでいたが、出場枠はなかなか巡ってこなかった。
前戦の「トラベラーズ選手権」は補欠の1位だったが、欠場選手は1人も出ず、ラシュリーは出られずじまいだった。そしてロケット・モーゲージ・クラシックのマンデー予選に挑んだが、惜しくも通過できず、補欠の3位で待機していた。
3人目の欠場選手が出たと知らされたのは開幕前日の水曜日だった。翌日、いきなり単独首位に立ち、4日間首位を守り通す完全優勝。2位に6打差をつける圧勝で初優勝を飾ったことは、まさにミラクル・ストーリーとしか言いようがない。
世界ランキング353位、フェデックスカップランキング132位。心に深い傷を抱え、プロゴルフ界に近づいたり遠ざかったりしながらも「やっぱりゴルフが僕の救いだ」と感じてゴルフクラブを握り続けたラシュリーが、補欠からの繰り上げ出場という千載一遇のチャンスを見事にモノにした。
優勝賞金131万4000ドル（約1億4200万円）と向こう2年間のシード権を獲得。来たる「全英オープン」、さらに来年の「マスターズ」にも出場できることになった。
「今、いろんな想いが込み上げている。とうとう夢が実現できた。すごいことだ。マスターズに出るなんて、夢見ることさえできなかった」。感無量。声を詰まらせながらも大観衆に向かって「ファンのみなさん、ありがとう」とお礼を言う姿が素敵だった。
ネバー・ギブアップの精神が実を結び、無名選手が突然チャンピオンになったミラクル・ストーリー。そして、アメリカン・ドリームが実現されたこの日、ゴルフの素晴らしさを、あらためて味わった。
文・舩越園子（ゴルフジャーナリスト）
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