最新ゴルフニュース

チャンプの優勝物語は生きたドラマ【舩越園子コラム】

米ツアーの新シーズン第3戦「セーフウェイオープン」を制し、通算2勝目を挙げたキャメロン・チャンプ（米国）は、ウィニングパットを沈めた途端、キャディに抱き付き、少年のように肩を震わせながら泣いた。
国内女子も柏原明日架が涙の初V！【フォトギャラリー】
18番グリーン際のグランドスタンドを埋め尽くしていた大観衆も、そんなチャンプに惜しみない拍手を送り、もらい泣きしていた。この日、この大会でチャンプが勝利するまでの軌跡――それは、生きたドラマそのものだった。
チャンプはカリフォルニア州サクラメントで生まれ育った24歳。テキサスA＆M大卒業後、2017年にプロ転向し、下部ツアーを経て米ツアーへと昇格した。昨秋の「サンダーソン・ファームズ選手権」で早々に初優勝を挙げ、有能新人として注目を浴びた。
だが、今春から不調に陥り、苦悩の日々が始まった。さらには、自分にゴルフを教えてくれた最愛の祖父マック氏が胃がんのステージ4と診断され、ホスピスへ。さまざまな辛い現実と向き合いながら、この1年を過ごしてきた。
祖父は自身が生まれ育ったテキサス州内のゴルフ場でキャディをしながらゴルフを覚えたそうだ。しかし、まだ米国内で人種差別が激しかった1950年代当時、マック氏は黒人であることが理由でプレーすることを許されず、初めてプレーできたのは、その後、米空軍兵士として英国に駐留していたときからだった。
米国に帰還した祖父は、息子のジェフ氏にゴルフを教えたが、息子は野球を選んだ。やがて孫ができると、マック氏はやっぱりゴルフを教えた。孫はゴルフが大好きになり、祖父と孫は毎日のように一緒にフェアウェイを歩くようになった。それが、チャンプと祖父の物語の始まりだったそうだ。
昨秋の初優勝後の不調から、「どうやって脱出したらいいか、わからなかった」とチャンプは振り返った。だが、祖父の教えを1つ1つ思い出しては咀嚼（そしゃく）しているうちに出口が見えてきたという。
「大事なのは、歩んできた道より、これから行こうとしている道だ」――。チャンプは前を向き、立ち直ろうと奮起した。

それでも、ホスピスにいる祖父を想うと、なかなかゴルフに身が入らなかった。「人生にはゴルフより大切なものがある。ゴルフは単なるゴルフに過ぎない」。そう思えば思うほど、毎週のように予選落ちが続いた。
だが、あるとき、祖父がいつも口癖のように繰り返していたこんなフレーズが脳裏をよぎった。
「集中しろ！集中しろ！」
「自分のゴルフをしろ！」
そして、気が付けば、今大会の最終日をチャンプは2位に3打差の単独首位で迎えようとしていた。
チャンプの生まれ故郷サクラメントに祖父が入院しているホスピスがある。チャンプは祖父の容態が心配でたまらず、今大会はサクラメントから会場へ1時間以上も車のハンドルを握って通っていた。
だが、祖父が一番望んでいるのは孫の2勝目の雄姿を見ることだ。「集中しろ！集中しろ！」という祖父の教えに従い、チャンプは会場近くに泊まって最終日にしっかり備えようと決意。父親をはじめとする家族も、ぎりぎりで会場に駆け付けた。
「明日すべてが終わったら、僕らはみんなで祖父のところへ大急ぎで帰るつもりだ。明日、『80』を叩こうと『65』をマークしようと、スコアは気にしない。ベストを尽くし、自分のゴルフをすることだけに集中したい」
いざ、最終日。3打あったリードは終盤ゼロになり、17番で喫したボギーで首位タイに並ばれた。だが、72ホール目のチャンプは持ち前のパワーをフルに生かした見事なドライバーショットを放った。それは堂々とフェアウエイを捉え、「自分らしいゴルフ」を披露した。
そして、1メートルのバーディパットをしっかり沈め、勝利を決めた瞬間、固唾を飲んで見守っていた父のジェフ氏も安堵と歓喜の涙を流した。父は息子に駆け寄って抱き合い、泣いた。そして父は、祖父とつなげてあったスマホを息子に手渡し、チャンプは祖父に一言、「ポップ、やったよ」と伝えた。
米国社会の歴史と変遷の中、ゴルフが祖父から父へ、孫へと受け継がれたチャンプの物語。家族愛や絆、人間として大切なものとは何なのかを見る者にも感じさせてくれた優勝物語だった。生きたドラマ以上に素晴らしいものはない。
文・舩越園子（ゴルフジャーナリスト）
<ゴルフ情報ALBA.Net>