昨年の8月6日。約300人のファンとともに、こちらも大挙押し寄せた報道陣の一人として、私は羽田空港で渋野日向子の到着を待ち構えていた。「全英AIG女子オープン」を制し、日本に凱旋帰国した日だ。見送りもいないなか、7月25日にひっそりと出国した当時20歳の若者は、わずか2週間後に国民的ヒロインとして、たくさんの人々に出迎えられる立場になった。
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帰国後すぐに、空港内にあった一室で記者会見が開かれ、ここが日本で公に第一声を発する場所となった。ズラリと並ぶ記者やカメラの前に、ゴルフウェアに着替えた渋野が優勝トロフィーを片手に登場。「このたび、全英女子オープンで42年ぶりに日本人メジャー優勝を達成することができました。緊張していて何をしゃべっていいか分からないですけど、うれしいです」と、少しはにかみながら、照れた様子でこう挨拶した。
そこからは優勝直前の心境や、世界を魅了した“笑顔”のこと、またソフトボールの話題や、米国ツアー参戦の意思確認など様々な質問が記者から飛んだ。「(スマイリング・シンデレラで)知ってもらえたのはうれしい。…でも言い過ぎですよね(笑)」など、時に大きく笑いながら話す姿はそれまでとなんら変わらない。ただ取り巻く環境は、大きく変化した。
この年の5月に行われた国内公式戦「ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ」でツアー初優勝を挙げると、7月の「資生堂 アネッサ レディス」ですぐさま2勝目を手にした。ゴルフ界では十分な知名度を誇っていたが、この海外での大偉業によって普段ゴルフに興味がない人にまで、その名が知られるようになった。全英優勝直後には「もう少し目立たないようにプレーをしている予定でした」と話していたが、もはや世間がそれを許さない状況となった。
帰国会見の後も、分刻みのスケジュールを送った。ゴルファーとして初めて日本記者クラブでの会見に臨み、夜にはテレビ出演をこなす。さらに「海外での試合の後はどういう感覚になるかを知りたかった」と、その週に行われる「北海道meijiカップ」への出場も決めていたこともあり、翌日には北海道へ。大きな注目を集めるなか、日英を股にかける連戦に挑んだ。
もともと、この北海道meijiカップの現場担当だった私は、会場入りを当初の予定から2日前倒しし現地入りすることが急きょ決まっていた。そのため空港で行われた会見に出席すると、すぐに飛行機に乗り込み札幌入り。翌日、今度はコースで渋野の到着を待つことになった。
帰国翌日に札幌国際カントリークラブに入った渋野は、まずクラブハウス入り口で同い年の吉本ひかる、大里桃子と抱擁。次々と祝福の声をかけられるなか、「少し落ち着きました。いつも見ている顔ぶれを見てホッとしました」とホームグラウンドに帰ってきた安どを感じていた。だが、ここでもその余韻に浸っている時間はない。「少し疲れています。ずっと眠いです」というなか荷物だけ置くと、すぐにプロアマ前夜祭の会場へと向かった。だがこの状況のなか「こういうのは、長くは続かないと思っているので(笑)」とニコリ。「(フィーバーを)楽しむと思います」という余裕すらうかがわせた。
この大会期間中、渋野には“取材規制”が敷かれた。会場入り直後から「疲れ」を訴えていた渋野に対して、個人的な取材を控えてほしいという旨の要望が日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)からメディアに対して出された。もちろん、そうしなければ次から次へ取材対応が続くのは目に見えていた。さらに全英後初ラウンドとなった開幕前日のプロアマには、昨年よりも50名ほど多いメディアが集結。そのため急きょ、撮影エリアが制限されるほどだった。
報道陣の数を見ると前年大会の初日が26社41名だったのが、この年は44社98名と増加。2日目が33社76名、最終日も37社84名と、いずれも1年前に比べて2倍近くになった。ギャラリーも2日目、3日目に過去最多動員を記録。仮設トイレの数が10棟増やされ、ギャラリーバスも1日3台が増便されるなど、まさに“渋野フィーバー”に沸く3日間となった。
「優勝してからしんどいこともありました。でもギャラリーのみなさんが、体調を気づかってくれたり、『おめでとう』と言ってくれて、出場してよかったなと思いました」。大会を13位で終えた渋野は、最後にこの激動の1週間をこうまとめた。「今は何もしたくないです」という本音も出たが、翌週には「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」にも出場。ここでは優勝争いに加わり、ファンを楽しませた。
そんな「人生を変えた」と話す大会が今年も始まった。渋野はこのあと日本時間午後8時49分にディフェンディングチャンピオンとして、初日のコースに飛び出していく。新型コロナウイルスという未知の敵と戦い、無観客での大会になるなど1年前とは会場の状況も大きく異なる。そのなかでも応援する人々や、何よりも渋野自身が笑顔で終われる大会になることを期待したい。
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