ダスティン・ジョンソン(米国)が2位に4打差の単独首位で「マスターズ」最終日を迎えようとしていたとき、彼の勝利を確信していた人は、世界中にどのぐらいいたのだろうか。
パートナーのポーリーナさんと歓喜のハグ【写真】
オーガスタナショナルでは予期せぬことが起こる。マスターズのサンデー・アフタヌーンに「4打差」は大差でも保証でもない。
それに加えて、ジョンソンはこれまでメジャー4大会の最終日を4度も首位で迎えながら、1度も勝利につなげたことがなかった。2016年の「全米オープン」を制し、メジャータイトルを1つ手に入れてはいたが、今年の「全米プロ」でも単独首位で最終日を迎えながらコリン・モリカワ(米国)に逆転勝利を許した。
さらに言えば、マスターズはジョンソンが「子どものころから優勝を夢見てきた」特別な大会。グリーンジャケットを羽織ることは、彼にとって何にも代えがたい夢の儀式だった。
もっと言えば、ジョンソンは絶好調で迎えた2017年マスターズの開幕前日に階段から転落して腰を強打。初日のスタート直前に棄権を申し出た悔しい出来事も経験した。
そんなジョンソンの数々の「過去」を振り返れば、最終日の彼がすんなり逃げ切り優勝することを易々と予想することは難しかった。
そして、ジョンソンの序盤のゴルフは揺れていた。3番でバーディを先行させたものの、4番、5番で連続ボギーを喫し、快調に滑り出したイム・ソンジェ(韓国)やキャメロン・スミス(オーストアラリア)との差は瞬く間に2打へ、1打へと縮まっていった。
だが、6番(パー3)ではピン1メートルにつけてバーディを奪うと、7番はバンカーにつかまりながらも見事にパーセーブ。8番(パー5)は2オン2パットでバーディと、この3ホールですっかり流れを好転させた。
序盤で揺らいだのは、ジョンソンが感情を抱く人間だからこそ。だが、直後に自分のゴルフを取り戻したことは、世界ランク1位だからこそのワザと意地とプライドだった。
以後、ジョンソンのゴルフは揺るぎないものと化し、13番からは3連続バーディを奪って勝利を確実なものにしていった。大会記録となったトータル20アンダーでマスターズ初制覇、メジャー2勝目、米ツアー通算24勝目を達成。その勝ちっぷりは、ただただ見事だった。
マスターズ勝者は練習グリーン上で行なわれる表彰式の前にバトラーズ・キャビンと名付けられた部屋へ赴き、米TV中継局のインタビューを受け、そこでグリーンジャケットを羽織ることが恒例になっている。「一日中ナーバスだった」と明かしたジョンソンは「自分をコントロールできたことを誇りに思う」と満足の表情を見せた。
「それでは、ジョンソンにグリーンジャケットを!」とTVアナウンサーから促された前年覇者のタイガー・ウッズ(米国)の対応と身のこなしが、これまた見事だった。
昨年大会で復活優勝を飾り、大観衆を沸かせたウッズだが、今年は優勝戦線から遠ざかり、最終日は12番(パー3)で池に3度も落として「10」を叩いた。その後は5バーディを奪って盛り返し、彼も元王者ならではのワザと意地とプライドをなんとか見せたが、胸中は複雑だったはずである。
しかし、アナウンサーの呼びかけに「かしこまりました」と厳かに返したウッズは、優しい笑顔をたたえながらジョンソンにグリーンジャケットを羽織らせ、ジョンソンが袖を通した瞬間、すぐさま彼の傍から離れ、自分がTV画面に映らないようにと気を使っていた。
グリーンジャケットを羽織ることがどれほど特別な儀式であるかを知っているからこそ、ウッズはジョンソンに最大の敬意を払った。それは、ウッズからジョンソンへの最高の祝福だったのだと思う。
屋外の表彰式で再びグリーンジャケットに袖を通したジョンソンは、マイクを手に持ち、喜びを語り始めた。
「子どものころからの夢がかなった。ハードワークとグレートなチームのおかげで…、ああ、ダメだ、しゃべれない」
ついに感極まり、声を詰まらせた。あんなにエモーショナルなジョンソンを見たのは初めてだった。
マスターズ最終日。ジョンソンの勝ちっぷりは実に見事だったが、ウイニングパットを沈めた後も、そんなふうに見どころがいっぱいだったことは、ギャラリーがいなかった秋のマスターズにオーガスタの魔女が彩りを添えたように思えてならない。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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