青木瀬令奈が4年ぶりの勝利を挙げた先週の「宮里藍 サントリーレディスオープン」。今季6勝で、現在“最強”ともうたわれる稲見萌寧との4打差を逆転しての優勝は見事だった。今季なかなか調子が上がらなかった28歳の優勝劇を、上田桃子らのコーチを務める辻村明志氏はどう見たのか?
■“覇気のないスイング”を乗り越えて
「スイング的なことよりも、もう少し気持ちが乗ってこないと…。どうしたらいいですかね?」
今年の春先、辻村氏は青木のコーチを務める大西翔太氏から、こんな“相談”をされたことがあったという。2015年に初シードを獲得して以降、その座を守り続け、17年には優勝も挙げている青木だが、今季は極度の不振に陥っていた。この試合前までの賞金ランキングは1436万8975円で63位で“シード圏外”となかなか結果が出ない。そして辻村氏も、コース上の青木から以前とは違うこんな変化を感じとっていた。
「青木さんは、気持ちがノッテくるとポンポンとバーディを獲って、ビッグスコアも出すタイプ。プレーにリズム感も出てくる。でも最近は、そんな姿が見られなかった。中京(中京テレビ・ブリヂストンレディス)で4位に入る前は、スイングにも覇気が感じられませんでしたし、あまり気持ちが上を向いていなかったのではないでしょうか」
青木自身も、「66」をマークし一気に2位まで順位を上げた第3ラウンド後に、こんなことを話していた。「ゴルフは問題なくて、(成績が出ないことに)なんでだろうと思う部分は多かった。簡単にいうとマイナス思考でした。将来に対する不安みたいなものもあったし、“潮時”を考え始めてしまっていた」。この“曇った気持ち”が、結果に悪い影響として出てしまっていた。
優勝会見の席では真っ先にコーチへの感謝の言葉が出たが、その落ち込んだ気持ちを、大西コーチが励まし続けてくれた。さらに青木と同じ高級時計メーカーのリシャールミルと契約を結び、親交の深いレーシングドライバーの松下信治(のぶはる)さんからの言葉も、前向きになった要因だったと明かす。それが「ほけんの窓口レディース」の週の話。そして翌週、中京でそこまでのベストとなる4位に入った。
「4位になってからは練習の取り組み方に変化も感じたし、心の明るさも見えてきました」。辻村氏も、やはりここを境に青木らしさが戻ってきたことを感じていた。そして六甲国際の4日間では、春先に感じられたもろさが垣間見える瞬間すらない。「技術だけではなく、考え方が変わることで、これくらい変わるんです」。辻村氏も、そう納得した。
■“勝負の明暗”を分けた16番パー3
もちろんプレー面でも、優勝にふさわしかったと辻村氏は続ける。それを象徴するのは、「ここが勝負所でしたね」という最終日の16番パー3だった。
左手前にある池が選手にプレッシャーを与えるこのホール。しかもピンが左手前に切られている状況だ。ここで青木は「池に入ったら仕方ない」と覚悟を決め、ピンだけを狙い6番ユーティリティを一閃。見事2.5メートルのチャンスにつけ、バーディを奪った。ここにこの大会での、青木のショット、そしてパットの好調ぶりが表れていたという。
「スイングに自信がなければ、あそこに打つことはできなかったでしょう。パットも(同じような位置で3メートルにつけた)稲見さんが打ち切れなかった(結果はパー)のに対し、先にラインを知ることができたのもあったかもしれないけど、青木さんはしっかり打ち切ることができた。ショット、パットともに“引いた”感じが一切ありませんでした」
ショット面でいうと、青木は大会前に「スイング時にこぶし2個ぶんほど、ヘッドがトップからインサイドにずれて下りてきてしまっていた」というスイングを調整し、「フックが強くなっていたボールを、フェード気味のストレートに修正できた」と話していた。辻村氏はこれについて、「こぶし2個ぶんずれていたことで、どうしても後で手を使って調整することにつながり、思ったよりもつかまりすぎるボールが出てしまっていたのでは。その余分な動きを削ったことで、体とクラブの一体感が出て球筋も変わった」と分析する。
またパターに関しても辻村氏は、「バックナインのプレッシャーがかかる場面でも、最終組のなかで一番安定していました。ボールスピードもよく、軽くカップを越える伸びのある回転で転がっていましたね」と見た。青木が今週、久々にボールに線を引いて練習していたという話を聞くと、「やはり回転を意識していたんですね。緊張したなかで一番いいスピードでボール打ってました」と納得の表情を浮かべた。
■ボギーを打ってないことが逆に足かせに…
一方、“まさか”ともいえる逆転負けを喫した稲見について、辻村氏は「ひとつ気になっていた点」があったという。それが最終日までボギーフリーで来ていたことだ。そしてプレーヤー心理を、こう説明する。
「最終日も8番までパーを並べていましたが、“ボギーを打ちたくない”というマインドが少しあったのかもしれません。これを考え出すと、バーディも出づらくなってしまいます。もっと早くボギーを打っておけばよかったのかもしれない。ボギーを打ってもいいから、バーディを獲りにいくという気持ちがあれば、前半のうちにバーディが来ていたかもしれないし、稲見さんに軍配があがっていたかもしれません」
稲見は3日目のラウンド後に、ボギーなしということに対する思いを聞かれ、「そこをメインで考えてスタートしました。2日間打っていないし、きょうも頑張ろうと思いました」と話していた。実際9番で初のボギーを叩いた直後の10番で、ようやく最終日最初のバーディも奪っている。一見ポジティブな要素に見えるこの“ボギーなし”という事実が、逆に稲見の足かせになったのではと辻村氏は推測する。
だが、もちろん青木を賞賛する気持ちに変わりはない。「最終日のパーオン率は100%。3パットもボギーもなく、5バーディは見事です。勝負強い稲見さんの前で、1番いいプレーをした。リズムよく、小さい体を余すことなく振り切るスイングが戻ってきましたね」。こう言って、ひさびさの優勝の味を噛みしめた青木に拍手を送った。
解説・辻村明志(つじむら・はるゆき)/1975年9月27日生まれ、福岡県出身。ツアープレーヤーとしてチャレンジツアー最高位2位などの成績を残す。2001年のアジアツアーQTでは3位に入り、翌年の同ツアーにフル参戦した。転身後はツアー帯同コーチとして上田桃子、山村彩恵、松森彩夏、永井花奈、小祝さくら、吉田優利などを指導。様々な女子プロのスイングの特徴を分析し、コーチングに生かしている。プロゴルファーの辻村明須香は実妹。ツアー会場の愛称は“おにぃ”。
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