国内女子ツアー通算10勝の藤井かすみが、7月29日〜8月1日に米国コネチカット州ブルックレーンCCで開催された第3回全米シニア女子オープンに出場した。7月14日にイリノイ州で行われた予選会を2位タイで突破して得た出場権で参戦し、アニカ・ソレンスタム(スウェーデン)ら120名が出場したメジャー大会本戦での結果は41位だった。大満足という結果ではなかったが、藤井のゴルフ人生にとってかけがえのない収穫があったという。帰国後、隔離期間中の藤井にリモートで単独インタビューを行った。
「全米シニア女子オープンは2018年に開催された第1回大会の年に、ちょうど私は50歳。シニア出場資格の50歳のタイミングで最初の大会だったから出たいと思いました。でもそのときは“出ても予選を通ることもできないな”と考え直して、改めてしっかり体を作ることから始めました」
■トレーニング中に靱帯再建手術をした左ヒザの軟骨がつぶれる
藤井は13年ほど前に左足の前十字靱帯の再建手術を受けた。前十字と後十字と内側副靱帯が断裂してしまっていたのだ。そんな状態でも、全米シニアに挑戦したいという気持ちが勝った。大会の出場を目標に傷だらけの体に鞭を打って体作りが始まった。
「まずは左足で片足ケンケンができるようになるのが目標。1年半くらいかけてようやく体ができあがってきたかなと思っていたころ、ある朝、“あれ、できるんじゃないかな”と感じたんです。それで40打席くらいある練習場をケンケンで往復したら、左ヒザの軟骨がつぶれてしまいました。できることは一生懸命やってしまう性格なんです(笑)」
あとで医者から「できるのはいいけど、やっちゃダメだよ」と、いわれてしまったとか。だが、そんなことで全米シニアに出たいという藤井の意欲は衰えることはなかった。「行くからには予選を通過して本戦に出たい」と、今年の3月にヒザ変形関節症の手術を受けた。どうにか戦える体には戻ってきたが、問題はまだあった。
■藤井のキャディを務めたのは、ボール開発のスペシャリスト
昨年はコロナ禍で大会は中止となり、「じゃあ今年だ!」と蓋を開けてみたら、入国するにも帰国するにも隔離期間がある。予選会から出なければならないので、1カ月以上単身一人での米国一人旅になる。英語が堪能なわけではない。不安は少なくなかったという。
「応援してくれる人たちがいて、背中を押してくれました。言葉は翻訳機を持参。もともと人とあまりしゃべりたくないほう。何日もしゃべらなくても大丈夫な性格。そして本戦では、サンディエゴ在住のロック石井さんがキャディを務めてくれることになって、何から何まで助けてくれました」
ロック石井氏はブリヂストンで13年、ナイキで15年、そしてキャロウェイに在籍したボール開発の専門家。ナイキ時代にはタイガー・ウッズとも密接な関係にあった人物だ。
「ロック石井さんを紹介してくれたのは、所属先の社長さんです。ロックさんは、とにかく仕事ができる人。例えばのどが渇いたなと思っていたら、言葉にするより先にお水を出してくれるような人。先を読むのが上手だし、すごく邪魔にならない人です。キャディは初めてだとおっしゃっていましたが、イマイチどころかイマハチの調子の私を助けてくれました」
もともと藤井はキャディに求める仕事が少ないプレーヤー。「今日はグリーンが硬いから」といわれると、それが気になって頭から離れず余計なことを考えてしまうのだ。それだけに段取りよく先を読んで仕事をしてくれるロック氏とは、息が合ったという。
ところで、「イマイチどころかイマハチ」? イマハチとはどういう意味だろう。藤井に聞くと、8割程度ということではないという。イマイチの8倍といったら分かりやすいだろうか。それほど本調子ではなかったが、「そのなかでできることは全部やり切った」という。
■体のスピードとイメージのギャップがあるから、自分の体と向き合う
「とにかくラウンド数が少なかったので、米国に行く前には週に3回くらいラウンドしました。向こうに着いてからも一人で予約できるアプリを教えてもらって、一人でラウンドに行っていました。たまに一般のアメリカ人の方と組み合わせでラウンドするのも楽しかったですよ。アメリカは住むにはいいところだなって思いました。性格的にも合っているのかな。測る単位も大きいし、1センチや1ミリの話なんてしない感じで、小さいことにとらわれているのがバカらしくなりますね。将来は体力を維持できる程度に体を作ってからアメリカに渡って、シニアツアーに参戦したい思いもあります」
今回のメジャー挑戦で41位という結果は「仕方がない」と思っているという。「くたびれている部分が多いから、こうしたいということができていない」のだとも。だが、そこで藤井は立ち止まらない。結果にとらわれて前に進めないことのほうが、よっぽどバカらしいと思えるのだろう。それはアスリートとして、いや、人として本来あるべき姿なのではないだろうか。だからこそ、藤井が見据えているゴルフにワクワクするし、これからに期待を抱いてもしまう。
「体のスピードとイメージとのギャップが埋め切れていないんです。考え方を変えなくちゃいけない。アマチュアのシニアの方たちも同じです。自分の体と向き合うことをしなくちゃいけません。これは私の実体験。私は自分の経験からしかアドバイスできないんです」
■教えるジュニアたちにお手本を見せていきたい
国内女子ツアー通算10勝など、これまでも成功はあった。だが、常に失敗から学んだことが糧となっているという。だから今の状況も、「すべてがいい経験」ととらえている。そして、教えるジュニアたちに「お手本になることを見せていきたい」のだと話す。自らが挑戦し続けることで、ジュニアたちが「こんなことができるんだ」と思えば、藤井という存在が近くなる。そこに意味があるのだという。
「オリンピックの女子のスケートボード競技は見ましたか? 若い世代の活躍がスゴかったですよね。若いって錆びていないんです。自分を疑っていない。疑ってしまえば、自分の夢よりもできる現実は減ってしまう。可能性を減らしてパフォーマンスを落としてしまうんです」
■東京五輪スケートボードで、4位の選手のチャレンジを讃える姿に感動
東京五輪スケートボード女子パークで金メダルを獲った四十住さくら選手(よそずみ・さくら 19歳)の『540(ファイブフォーティー)』という空中で体を1回転半させる大技はスゴかった。銀メダルの開心那選手(ひらき・ここな 12歳)の滑りも見事だった。
でも、その二人以上に目を引いたのは、4位に甘んじた岡本碧優選手(おかもと・みすぐ 15歳)のチャレンジだった、と藤井はいう。世界ランキング1位の岡本選手は予選トップで決勝に進出。だが、決勝で2本の演技に失敗。最後の3本目も難度の高い技に挑戦したが、そこでも落車してメダルを逃した。
「追い込まれた岡本選手が、こじんまりまとめようとしなかったのがスゴかった。そして、演技のあとその岡本選手を讃えた他の選手たちがまたスゴかった。結果だけではないことを讃えた選手たちに感動しました」
■全米シニアで70歳の選手が真剣にゴルフに取り組む姿を目の当たりに
すべての選手が競技を楽しむ姿がそこにはあった。「ゴルフは“躁”と“鬱”でいえば鬱のスポーツだ」と藤井はいう。数字が悪いと自分をごまかしてまで結果にこだわってしまうことがある。それでは楽しむことはできないし、鬱の傾向があるからこそ楽しむことが大事なのだ。
「ゴルフはメンタルが9割。自分を出せるかどうかがカギ。18ホールを回るのに4〜5時間かかって、実際に球を打っている時間は5分もない。考えている時間がほとんど」。だからこそ真剣に楽しまなくちゃ挑めないし、大きな成長は望めない。その原点ともいえる姿勢をスケートボードの選手たちに改めて教わった、と藤井はいいたかったのだ。そして53歳の自分自身もまだまだ進化できるのだと、改めて認識をしたのではないだろうか。
「全米シニアでは70歳になっても真剣にゴルフに取り組んでいる先輩選手の姿がありました。その真剣さがスゴくいいんです」ともいっていた藤井。これからも真剣にゴルフに取り組み、その姿から多くのジュニアがゴルフとの向き合い方を学び、楽しみながら世界で勝てる選手が育ってくることを望んでやまない。(文・河合昌浩)
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