近年、箱根駅伝では選手たちの足元が大きな話題となっている。今年も出場選手のほとんどがナイキ製の厚底シューズで走っていた。“走る”ことにおいてランニングシューズが大切なのは言うまでもないが、ゴルフの“振る”ことや“歩く”ことにおいても、ゴルフシューズは大きな比重を占める。それは地面の上を動くどのスポーツにも当てはまるだろう。東京五輪に出場する松山英樹は、スイングや道具にとことんこだわることはよく知られている。その足元には彼だけが履く市場には出ていない特別な一足があるのだ。
アシックスで松山のシューズの開発プロジェクトがスタートしたのは、昨年9月のことだった。何度も何度もやりとりを重ね、松山の変えたいと思っている部分と、変えたくないと思っている部分を組み込み、開発メンバーは複数のパターンのサンプルを作製。試し履きとフィードバックを繰り返し、異例のスピードで松山が納得する一足を作り上げた。それは、松山が今年1月から試合で投入し、マスターズ優勝の快挙を達成したときにも、東京五輪に出場したときにもしっかり足元に収まっていた。
■松山は“中足部”のフィット感に強くこだわっている
デザインは松山が変えたくない部分だったため、新しく投入されたゴルフシューズは良い意味でも悪い意味でも変わり映えなく、目につきやすいゴルフクラブに比べれば、あまり注目されなかった。しかし、松山のプレー中のシューズを見てみると、あることに気づく。シューズのちょうど真ん中の部分、土踏まずのあたりといえばいいだろうか、そこに靴底がないのだ(写真参照)。
このシューズの“中足部”こそが、松山が一番こだわった部分でもある。松山のシューズ開発プロジェクトを手がけたアシックスジャパンの前川祐子さんと岩田洋さんに話を聞いた。
「松山選手はスイング動作において、足がズレないことをかなり意識している。特に中足部のフィット感に重点を置いていると思います」と前川さんは話す。このシューズの外側、アッパー部分を見てみると、1枚多く補強することで、スイング時に起こる外側へのブレを防ぐ構造となっている。靴底(アウトソール)全体はラバーでできているが、真ん中の部分にはX形状の硬い樹脂のパーツが採用されていて、回転動作でシューズがネジれたときに、中で足がズレないように剛性をアップ。アッパーとアウトソールの2カ所で中足部をガチッとサポートしている。
「このX形状の樹脂は、バスケットボールやテニスなど切り返す動きが多いスポーツではよく使われています」と岩田さんは補足する。アシックスのゴルフシューズに採用されたのは松山のモデルが初めてだ。
■BOAではなくシューレースを使い続ける理由は?
一般ゴルファーの間で主流となっているカチカチとダイヤルで締め上げるBOAフィットシステムではなく、松山がシューレースを選んでいるのも、中足部のフィット感に強くこだわっているから。それが足元への安心感が世界No.1とも称される力強く正確なアイアンショットを生んでいるのだ。
平らなライだけでなく不安定な傾斜やバンカーでのショットもあるゴルフ。ソールの真ん中がポッカリと空いた構造でバランスが悪くなったりしないのだろうか? 前川さんはいう。「実はアウトソールの底面積をけっこう広げているんです。これであらゆるライのどんなスイング動作でもしっかり安定します」。アウトソールを見てみると、実際の足幅よりも地面に着くシューズの幅のほうがかなり広く作られている。
岩田さんは「このワイドゲージが今回のアウトソールの特徴で、『底面積を広げてほしい』と要望を出してきたのは、松山選手のほかにはテニスのジョコビッチ選手がいます」と教えてくれた。ノバク・ジョコビッチは東京五輪ではセルビア代表として来日。メダル獲得はならなかったが、現在テニスの世界ランキングは1位に君臨している。止まっている球を打つか、動いている球を打つかの違いはあるものの、ゴルフもテニスも道具を使ってスイングする競技。松山とジョコビッチは偶然にもシューズに対して同じ要望を出していた。
この松山だけが履く完全プロトタイプの一足。発売の有無、時期ともに現時点では未定とのこと。これまでの試合で履いていた松山のシューズを確認すると、6種類ほどのカラーバリエーションを持っているようだ。「店頭で発売されたときには、松山選手が着用しているモデルを1人でも多くのゴルファーに体感していただけたらと思っております」と前川さん。マスターズ優勝モデルだけに、発売されればゴルフ場でも箱根駅伝のような現象が見られる!?
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