プロゴルファーの原点ともいえるのが高校時代。多くの有望選手を輩出する名門高校のゴルフ部監督は、その原点を知っている。有名プロとなった今では語られない、知られざるエピソードも数多い。高校ゴルフ部監督の回顧録をお届け。今回は、宮里藍や有村智恵ら女子を中心に多くのプロを輩出。全国大会女子の部で2003年から前人未到の5連覇を遂げた名門・東北高校(宮城県)を2000年から10年間率いた川崎菊人氏(現・東北福祉大女子ゴルフ部コーチ)に聞いた。(取材・文/山西英希)
■中学時代はポッチャリ型も高校に入って筋トレに励む
宮里藍や有村智恵、原江里菜など数々の女子プロを輩出している東北高校ゴルフ部。女子選手の印象が強いが、川崎氏の中ではプレーぶりを含めて印象に残っている選手の一人が男子の藤本佳則だ。ヤンチャな性格だが、ゴルフに関しては真面目だったという……。
東北高校を卒業して同じく東北福祉大学に進学し、エースとして活躍した藤本は11年にプロ転向。ルーキーイヤーの2012年、プロ転向5試合目の「日本ゴルフツアー選手権」でツアー初優勝を遂げた。ルーキーで日本タイトルを獲得したのは史上初の快挙だった。身長165センチと小柄ながら筋肉隆々のボディが印象的。14年の国内男子ツアーのドライビングディスタンスは4位(292.54ヤード)と飛距離も出る選手である。
奈良県出身の藤本は中学3年で出場した「全国中学校ゴルフ選手権」で2位タイに入ったことで注目を浴び、宮城県の東北高校に進んだ。藤本の通う中学校に挨拶しに足を運んだ川崎氏の印象は「もっとガッチリした体型かと思っていたら、意外とそうでもなかったですね」とポッチャリ型だったという。「ただ、当時からパワフルなスイングをしていました。今のように飛距離の計測器はありませんでしたが、280〜290ヤードは飛んでいたでしょうか。ウチのゴルフ部の中でも一番飛んでいましたね」。
身長が165センチと今でもツアープロの中では小柄な部類の藤本は、高校時代も大きい方ではなかった。高校時代はそれをカバーするかのようにジムで筋力トレーニングを行うことが日課になっていた。その甲斐あってか、78キロあった体重を65キロにまで落とし、体型もポッチャリ型からガッチリ型へと変わった。
■最も叱った生徒だがゴルフに関しては真面目キャラ
高校1年で出場した「全国高校ゴルフ選手権」の個人戦では、1学年上の永野竜太郎や同学年の薗田俊介ら身長180センチ級の大型選手を退け、2位に4打差の優勝を飾っている。男子としては初の個人タイトルを同校にもたらしたが、女子の部でも東北高の森桜子も優勝を飾りアベックV。同大会で同じ高校の男女が同時優勝を果たしたのは、後にも先にもこの年だけだ。
性格的にはヤンチャで授業中に邪魔をすることも珍しくなく、川崎氏をして最も叱った生徒だという。しかし、ことゴルフに関しては真面目キャラを貫き通した。「毎朝私が寮まで迎えに行き、練習場まで送っていました。授業が始まる前に練習をし、授業を受けて、13時から17、18時ぐらいまでまた打ち込み。その後にまたジムへ通う毎日でしたね」(川崎氏)。体づくりだけでなくクラブに関する知識も豊富。気に入ったものしか使わないなど、ゴルフに関してはすべての面に情熱を注いでいたという。
東北高といえば、宮里藍を筆頭に女子の強さが際立っていたが、男子も全国大会で上位に顔を出すことは少なくなかった。その中でも藤本のゴルフの上手さは際立っており、川崎氏にとって最も印象に残った生徒だった。東北大学進学後は、2学年後輩の松山英樹も藤本を見習うことが多かったという。昨季は不調から賞金シードを手放したが“真面目キャラ”で復活への糸口をつかむだろう。
■藤本佳則
ふじもと・よしのり/1989年10月25日生まれ、奈良県出身。身長165センチ、体重68キロ。祖父の影響で7歳からゴルフを始める。中学3年時には全国大会で2位に入り、東北高校に進学。1年時に「全国高校選手権」個人の部で優勝など早くから頭角を現す。高校卒業後は東北福祉大学に進学。松山英樹の2学年上でエースとして活躍。12年にツアーデビューし、5戦目でプロ初優勝。15年は未勝利ながら9864万円余りを稼いで賞金ランキング4位。未勝利選手の国内獲得賞金として歴代最高金額だった。通天閣の幸福の神様、ビリケンさんに似ていることから、“ビリケン”の愛称で親しまれる。ツアー通算2勝。
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