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マスターズ優勝、S・シェフラーに贈られた最高の賛辞【舩越園子コラム】

マスターズを制したチャンピオンが最初にグリーンジャケットに袖を通す場所は、表彰式ではなく、クラブハウスの一角にあるバトラー・キャビンと呼ばれる部屋の中だ。
世界ランキング1位の王座と今季3勝の実績を引っ提げ、今年のオーガスタ・ナショナルに乗り込んだ25歳の米国人、スコッティ・シェフラーは、見事、トータル10アンダーでマスターズ初制覇、メジャー初制覇を成し遂げ、夢見心地のまま、バトラー・キャビンに座っていた。
シェフラーの左隣には、前年覇者の松山英樹がグリーンジャケット姿で座り、松山の腕には、シェフラーに着せるためのグリーンジャケットが大事そうにかけられていた。
シェフラーと松山の向かいには、オーガスタ・ナショナルのフレッド・リドリー会長と中継局CBSのアナウンサーが座り、勝利を手に入れたばかりのシェフラーに静かな口調で質問を投げかけた。
「どんな1日でしたか？」と問いかけられたシェフラーは「長くタフな1日だった。でも僕は、やるべきことをやり通すことができた」と満足げに答えた。
「終始、表情を変えず、集中力を保てた秘訣は何ですか？」と問われると、シェフラーも静かな口調で、こう言った。
「幸いにも僕は今日、リードがある状態だったから、誰のことも気にせず、自分のゴルフ、自分がやるべきことだけに意識を向けることができた」
その言葉通り、シェフラーは感情の起伏を見せることなく、黙々と粛々と戦い続け、2018年のプロ転向からわずか4年、2020年のPGAツアー参戦開始からわずか3シーズン目でマスターズ・チャンピオンに輝いた。そして、バトラー・キャビンに座ったときも、まるで教科書のような受け答えをしていた。
今年2月と3月のわずか2カ月間に次々に3勝を挙げ、瞬く間に世界ランキング1位へ駆け上ったシェフラーは「冷静沈着な選手」、「強靭な精神力の持ち主」と評されてきた。そして彼は、まさにその冷静さと強いメンタリティを生かし、わずか3度目の挑戦でマスターズ制覇を成し遂げた。
そう言ってしまうと、あたかもシェフラーが鉄の心臓の持ち主か、サイボーグのように感じられるかもしれない。だが、そんな彼にも、サンデー・アフタヌーンの最後の最後に大きな「異変」が起こった。
2位に5打の大差をつけて迎えた72ホール目の18番（パー4）。セカンドショットをピン上12メートルにつけたシェフラーは、18番グリーンに向かって歩くウィニングウォークで、少しだけ泣きそうになった。
グリーンにたどり着き、バーディパットを1メートル半に寄せると、彼の頬から、ちょっぴり笑みがこぼれた。
しかし、次なるパーパットを外し、60センチのボギーパットも外したシェフラーは、思わず手で口を覆った。まだボールをカップに沈めておらず、まだ戦いを完全に終えていないというのに、彼は胸の底から湧き出してきた感情をどうにも抑え切れなくなり、短いパットを次々に外し、身動きすらできないという様子で、しばし立ちすくんだ。
相棒キャディのテッド・スコットがすぐさま歩み寄り、シェフラーの背中を優しく押した。すると、18番グリーンを囲んでいた大観衆が総立ちになり、シェフラーの背中を温かい拍手で押した。
「スコッティ、よく頑張った。十分、頑張った。さあ、最後のパットを沈めよう」
そんな声なき声が聞こえてくる中で、シェフラーは震える手をなんとか動かし、ファイナル・パットを沈め、72ホールの戦いをようやく終わらせることができた。
ミスしたときも、差を縮められたときも、表情を変えず、取り乱すことなく、あれほど冷静なプレーを続けてきたシェフラーが、最後の最後に感極まり、しかも、そのタイミングは完全なるフライング。
だが、そうなってしまうほど、彼がその瞬間を必死に目指してきたことが、ひしひしと伝わってきたからこそ、大観衆は総立ちになり、心から彼にエールを送った。
最終ホールは4パットしてダブルボギーの締め括り。
「あの場面は、とてもヒューマンな瞬間、スウィートな瞬間でしたね」
噛み締めるようにそう言ったリドリー会長の言葉は、勝者を讃える最高の賛辞になった。
文/舩越園子（ゴルフジャーナリスト）
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