最終ホールで2打差を追いつき、プレーオフでイーグル。「樋口久子 三菱電機レディス」は渋野日向子の劇的な勝利で幕を閉じた。なぜ日本に戻ってきてからの2カ月で2勝を挙げることができたのか。上田桃子らを指導するプロコーチの辻村明志氏が深層を語る。
■「苦手なクラブはない」全体的なショット力が光った
渋野をはじめ、多くの選手が開幕前から「難しい」と言った武蔵丘ゴルフコース。点在した砲台グリーンは硬くて速いため傾斜の計算が難しく、さらに打ち上げが多いためピンを狙うショットにも手を焼いた。3日間すべてで60台を出した選手はおらず、優勝スコアも1桁アンダーと難易度はスコアに顕著に表れた。
そんな難コースで渋野のショット力が際立った。3日間通じてのパーオンは2位(43/54)で、ドライビングディスタンスは4位(245.167ヤード)。そしてフェアウェイキープは1位(40/42)を記録した。スイング改造をしてから厳しい評価が多かった本人も「調子は悪くない」と合格点をつけたショットでバーディを積み重ねた。
特に際立ったのがウッド類。ドライバーは元より、プレーオフで残り220ヤードから左ピンに対してバンカーを超えピン左3メートルにつけた3番ウッド、そして正規の18番で残り199ヤードから同じく2オンして右7メートルにつけた7番ウッドも好調。長い番手の飛距離、正確性が勝利を手繰り寄せた。
だが渋野は、ドライバーを除く2本はほとんど練習しておらず「なんならスプーンがいちばん練習してないかもしれないですね」と笑う。練習量のこともあって、本人としてはまだまだ物足りなさを感じているが、少しずつ手ごたえも。「女子ツアーのパー3の距離、パー4の距離がだんだん長くなってきて7番ウッドを使うことも多くなりました。武器になっていると思っています。苦手なクラブはないです」と言い切れるところまできた。
■下半身の動きが調子の良さを生んだ
この言葉を聞いて辻村氏は好調の理由を感じ取った。「渋野さんの調子が上がってきていなかったときは、長いクラブでヘッドがスイングに追いついていない、いわゆる“振り遅れ”の状態になっていました。アイアンより下の番手は帳尻を合わせることができていましたが、そこに課題があるように見えていました」。だからこそ、苦手なクラブはない、という言葉に状態の良さがうかがえるという。
さらに紐解いていこう。渋野は今大会のテーマとして振り切ることに加えて「ゆっくりトップまで上げて、切り返しで早くならないようにタメを作る」と、打ち急がないことを心がけ、これがいいショットにつながったとも話した。そしてこの言葉の真意は下半身にある、と辻村氏は解説する。
「今の渋野さんは手でクラブを上げることなく、下半身主導でテークバックしていきます。手でクラブを上げたらゆっくり上げられませんからね。その意識のなかで、トップまでの半分くらいまで上がったところあたりから、下半身はすでに切り返しの準備を始めています。だから、切り返しも下半身が主導になる。切り返し始めている下半身と、まだ残っている上半身。このトップでの割れ(上半身と下半身が逆に動く状態)が素晴らしい。タイミング的にも“間”ができていると言っていいでしょう。これが彼女の言葉で言う“タメ”です」
では、調子が悪いときはどうだったか。「手でクラブが上がり、上半身から切り返しが始まっていました。そうなると切り返しで下半身が踏み込めず、体重が乗らない“軽い”状態になる。当然、割れもない。下半身が粘れないからクラブも戻ってきません」。これが振り遅れて、飛距離が出ないメカニズムだ。
「上と下の連動性が生まれてきましたね」と辻村氏もいうように、下の重みがでてきたことで劇的に変化した。「3番ウッドは地面から打つクラブのなかで、一番長くロフトも立っているから一番難しいクラブ。でも今は下半身主導のスイングだから、クラブのヘッドも理想的なシャローでボールに入ってくる。さらに間もあるからクラブも振り遅れない。つまり“間に合う”です」。これがフェアウェイウッドも強く曲がらない球が打てる理由だ。
スタンスからも下半身への意識が見て取れる。「今はかなりワイドスタンスで重心が下がっていますよね。そういったところからも“下を使おう”という意識が見られます。パターの構えも低いワイドの以前のかたちに戻りました。それも自信のあらわれだと思います」。打つ前の素振りを見ても、以前は上げる位置、下ろす位置と上半身の動きを意識したものだったのが、今大会では「ゆったり上げて振り抜く」と全体的なものへ変わった。こういった意識も好調の要因の一つだろう。
渋野が行った今年のスイング改造の一番の注目ポイントは“低いトップ”だった。春先に飛距離が落ち、球が弱くなっていたのは、それが理由だと見られていた。だが、今は低いトップでも十分に飛ばしている。やはりスイングで大事なことは下半身。そんな大事なことを思い出させてくれる劇的な優勝だった。
解説・辻村明志(つじむら・はるゆき)/1975年9月27日生まれ、福岡県出身。ツアープレーヤーとしてチャレンジツアー最高位2位などの成績を残し、2001年のアジアツアーQTでは3位に入り、翌年のアジアツアーにフル参戦した。転身後はツアー帯同コーチとして上田桃子、山村彩恵、松森彩夏、小祝さくら、吉田優利、阿部未悠などを指導。様々な女子プロのスイングの特徴を分析し、コーチングに活かしている。プロゴルファーの辻村明須香は実妹。ツアー会場の愛称は“おにぃ”。
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