<東京五輪ゴルフ競技(男子) 最終日◇1日◇霞ヶ関カンツリー倶楽部(埼玉県)◇7447ヤード・パー71>
メダルをかけた運命の最終日に、首位と7打差の17位タイからスタートしたスロバキア代表のローリー・サバティーニが、1イーグル・10バーディ・2ボギーの「61」をマーク。トータル17アンダーでホールアウト。メダルの第一候補として、後続を待った。
スコアが伸びそうで伸びない展開。首位を走っていた米国代表のザンダー・シャウフェレも足踏みをしていたが、17番でバーディを奪いトータル18アンダーで抜け出した。そして、ティショットを曲げてトラブルに見舞われながらも18番で1メートルのパーパットを決めた瞬間、シャウフェレの金、サバティーニの銀メダルが確定した。
「ザンダーが勝つと思って、もう無理だと思っていたけど、突然ボクたちにチャンスが巡ってきた。勝てなかったけど、ザンダーはいいプレーをしていたし、最高のチャンピオン。表彰台で彼の近くに立てることはうれしい。楽しかった」。五輪の最少ストローク記録を2打上回る歴史的なラウンド後に奇跡は起きなかったが、それでも銀メダルに興奮を隠せない。
スロバキアンとして、ゴルフ競技で銀メダル。しかし、サバティーニと聞いて“???”と思うゴルフファンも多いかもしれない。米国男子ツアー優勝6回を誇る南アフリカ出身のサバティーニが、スロバキアの市民権を獲得したのは2019年。東京五輪出場のためと陰口もたたかれたが、理由はスロバキアのゴルフ界発展を願ってのものだった。
実はサバティーニ、再婚相手がスロバキア出身で、「ボクの妻のいとこは、スロバキアゴルフ協会の会長なんだ」と、スロバキアのゴルフとは深い関係があるのだ。「ゴルフを普及させたいけど、国を代表する選手がいなんだ」。そんないとこの言葉を聞いて、決意した。
「スロバキアの子どもたちにゴルフに興味を持ってもらい、将来的にゴルファーを育てることが目的。今週末はスロバキアのみんなに何か元気を与えることができればと思っていた。そして、スロバキアの若い女の子や男の子たちに、将来のオリンピック選手になりたいという気持ちを持たせることができればと願っていた」
五輪に臨むサバティーニにはこんな思いがあった。そして、その思いが結実したのが、最終日。前半で5つ伸ばす猛チャージ。勢い衰えず後半もさらにスコアを伸ばし、表彰台に立つ権利をつかみ取った。残念ながら金メダルには届かなかったものの、優勝候補にすら挙がらなかった大会最年長の45歳の大健闘は、東京五輪男子ゴルフのフィナーレを飾るにふさわしいものだった。
キャディは奥さんのストファニコバさん。「彼女がボクと同じように楽しんでいるかどうかは分からないが、これも素晴らしいこと。4日間、タフな仕事だったと思う」。プロ仕様の重いキャディバッグを炎天下の中で担ぎ通し、最後にはメダル獲得を夫婦で分かち合った。
今後はスロバキアに戻り、首都ブラチスラバから北へ車で約30分のトルナヤGCを訪れる予定。そこで次世代のゴルファーに五輪の経験を伝えるという。胸に下げた銀メダル、そしてサバティーニの熱い思いは、十分にスロバキアのジュニアたちへ伝わるはずだ。
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