米ツアーのプレーオフ・シリーズ最終戦、ツアー選手権の最終日は、単独首位でスタートしたパトリック・キャントレーと2打差で出たジョン・ラームの接戦になった。
優勝すれば、手にするボーナスは15ミリオン(約16億5000万円)だが、2位なら5ミリオン(約5億5000万円)。年間王者の栄誉もさることながら、10ミリオン(約11億円)もの大差を競い合う戦いは、想像しただけでもドキドキさせられたが、誰よりもドキドキしていたのは、言うまでもなく、キャントレーとラームの2人だったに違いない。
スペイン出身のラームは世界ナンバー1。今年は全米オープンを制し、メジャー・チャンピオンに輝いたばかりだ。
対するキャントレーは、メジャー優勝こそないが、先週のプレーオフ第2戦、BMW選手権を制し、今季唯一のシーズン3勝を達成したばかりで勢いがある。
マッチプレーのような接戦にもめっぽう強く、昨年10月のZOZOチャンピオンシップではラームとジャスティン・トーマスを1打差で下して勝利を挙げ、今年6月のザ・メモリアルトーナメントではコリン・モリカワをサドンデス・プレーオフ1ホール目で下した。BMW選手権ではブライソン・デシャンボーとの6ホールに及んだサドンデス・プレーオフに見事、競り勝った。
感情を表に出さず、氷のようにクールに戦うキャントレーには「パティ・“アイス”・キャントレー」なる新たな呼称が授けられ、彼自身もクールな姿勢を自認していた。
「プレッシャーがかかるゴルフが大好きだ。練習のすべては、プレッシャーに打ち勝つためのもの。僕は緊張や興奮、何にも負けない。そのためにゴルフをやっている」。
ツアー選手権3日目にキャントレーはそう語っていたが、いざ15ミリオンを目前にしたとき、果たして彼は本当にプレッシャーに打ち勝つことができるのか。そう思いながら最終日を眺めた。
そして、結論から言えば、キャントレーは見事にプレッシャーに打ち勝ち、ラームを1打差でかわして勝利した。
とはいえ、さすがのパティ・“アイス”とて動揺が皆無だったわけではない。14番では短いバーディパットを外し、絶好のチャンスを逃した。15番(パー3)ではティショットを池方向に打ち出し、ヒヤリとさせられた。だが、ラフに止まってくれた幸運を彼は冷静に生かし、きっちりパーを拾った。17番(パー4)ではティショットを大きく右に曲げ、グリーンに乗るまでに4打を要したが、1パットで沈め、ボギーで切り抜けた。
「ミスのゲーム」と呼ばれるゴルフにおいて、ミスをゼロに抑えることは、まず不可能。だからこそ、ミスを受け入れ、ダメージを最小限に抑えることが何よりも求められ、それを実践できたキャントレーが首位を守り通し、1打差で逃げ切った。文字通り、プレッシャーに打ち勝った勝利だった。
「リードを守るのはとてもタフで、普段なら考えられないようなミスもしたけど、必要なときにいいショットを打つことができた」
カリフォルニアで生まれ、3歳からゴルフを始めたキャントレーは29歳の米国人。名門UCLAを卒業後、2012年にプロ転向。下部ツアーを経て、14年から米ツアー参戦を開始したが、15年に腰痛を発症し、16年までの2シーズンを棒に振った。
しかし、公傷制度を生かして17年に戦線復帰すると、18年のシュライナーズ・ホスピタルズ・フォー・チルドレン・オープンで初優勝を挙げ、19年のザ・メモリアルトーナメントで2勝目を達成。
そして、コロナ禍で20年と21年を併せた今季は飛躍のシーズンになった。前述した3勝に、このツアー選手権優勝を加え、シーズン4勝、通算6勝目を挙げて初の年間王者に輝き、15ミリオンのビッグボーナスを手に入れた。
腰の故障による戦線離脱があったぶん、スポットライトを浴びるタイミングが遅れてしまった。だが、苦しい時期を経験したからこそ、打ちたいショットを頭の中で思い描くビジュアライゼーションとメンタル・コントロールの方法を身につけ、ショットのたびに、そのプロセスを寸分違わず冷静に実行する「完璧主義者」、「パティ・“アイス”」と呼ばれるようになった。
「苦しい日々の中で、僕が僕であることの大切さを知り、自分のゴルフを見つけることができた。そういう日々を支えてくれた人々には、どれだけ感謝しても感謝しきれない」
ようやく陽があたったキャントレーは、時間をかけて熟成された大輪の花。そんな遅咲きのスター誕生は、コロナ禍の米ツアーにもたされた明るいビッグニュースだ。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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