いよいよ今週の「チャールズ・シュワッブ・チャレンジ」から米ツアーが再開される。選手や関係者、熱心なゴルフファンにとっては「待望の再開」である。だが、米国のスポーツ全般のファンにとっては、5月24日に開催されたゴルフ界とNFL界のビッグスターによる夢の饗宴の印象がよほど強烈だったようで、米ツアー再開を目前に控えた今も、「ザ・マッチ」の今後の可能性が、あれこれ取り沙汰されている。
タイガー・ウッズとペイトン・マニング、フィル・ミケルソンとトム・ブレイディのペアが対決した「ザ・マッチ:チャンピオンズ・フォー・チャリティ」は、ケーブルテレビ史上最高の580万人が視聴し、2000万ドル(約21億6000万円)というビッグなチャリティを実現して大きな注目を集めた。
そして、このチャリティ・マッチの将来性は「エンドレスだ」とまで言われている。
たとえば、米カリフォルニア州の地元紙「パーム・スプリングス・デザート・サン」は、このチャリティ・マッチのさまざまな形での未来図を具体的に示す記事を発した。
「今年はウッズ、ミケルソンとともにNFLのマニング、ブレイディが参加したが、次回はトニー・ロモとラリー・フィッツジェラルドはどうだろう。NFLではなく、NBAのステファン・カリーとマイケル・ジョーダンでも成立するし、テニスのロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルもありだ。女子プロゴルファーならシャイアン・ウッズとレキシー・トンプソンがいいのではないか。ホッケー選手やハリウッド・スターでも面白い」
そんなふうに参加候補者は「エンドレス」だと記されている。しかし、ゴルフ界側からの参加候補者は常に「ウッズとミケルソン」であることが前提になっている。
折しも「ザ・マッチ」の前週には世界ナンバー1のローリー・マキロイや元世界一のダスティン・ジョンソン、人気選手のリッキー・ファウラー、そして新鋭マシュー・ウルフによるチャリティ・マッチが開催され、それはそれで注目を集め、成功を収めた。
だが、話題性やインパクト、それに伴う視聴率や寄付金の額、どれを取っても、今をときめく若手選手4人より元ビッグ2のウッズ&ミケルソンがもたらす影響力のほうが格段に大きいことが実証される形になった。
言うなれば、ウッズとミケルソンの「2人がいる」ことは米ゴルフ界にとって最大の強み。だが、現実を冷静に直視して言い換えると、この25年以上もの間、ビッグスターがこの「2人しかいない」ことは、米ゴルフ界の最大の弱みでもある。
近年、米ツアーはPGAツアー・ラテン・アメリカ、PGAツアー・カナダ、PGAツアー・チャイナという具合に、世界中に下部組織を創設し、巨大化している。
つい数日前には、かねてから検討していた「PGAツアー大学」創設を正式に発表。米国内の大学ゴルフ部と世界へ拡大している下部組織を結び付け、そこから下部のコーン・フェリーツアーへ、そしてPGAツアーへと導くルートを整備し、ピラミッドを一層巨大化しようとしている。
その巨大組織からは優秀なゴルファーが次々に輩出され、米ツアーにやってくる。お手本のようなスイング、ハイレベルな技術を備えたエリートたちは、みな上質な粒ぞろいだ。だが、ウッズ級、ミケルソン級のビッグスターにまでは、なかなか育たない。
その理由は、ウッズやミケルソンに感じられる突出した個性や独自性が薄いからだろう。若きエリートたちには、道なき道やイバラの道を自分の力、自分の思考によって切り拓いてきたウッズやミケルソンにあふれる「パンチ」が感じられない。
ゴルフ界のシステマティックな組織化、若い才能を導くための道づくりは、もちろん必要である。だが、ほんの少しだけ、若者たちが自力で開拓することを経験できるような「未開の地」を残しておくことも必要なのではないだろうか。
大都会の中にも自然を残しておくように、巨大化組織の中にも、開拓使のスピリッツやたくましさや勇気を発揮したくなるような荒野をあえて残しておいてほしい。
奇想天外のビッグスターは、そういう原野的な「素」の中から、ある日、生まれいずるもののように思えてならない。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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